東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)171号 判決
(一) 原告は、審決(成立について争いのない甲第一号証)は、本件発明で用いるジメチロールアルキレン尿素系架橋剤は第二引用例(成立について争いのない甲第六号証)に記載のないことを認めておきながら、第一引用例(成立について争いのない甲第五号証)記載の光学的明色化剤と第二引用例に記載のないジメチロールアルキレン尿素系架橋剤の併用は第二引用例に記載があるとするもので、それ自体矛盾である旨主張する。
しかしながら、審決は、「本件発明は、第一引用例記載の光学的明色化剤を樹脂加工剤として当業界で知られている架橋剤と併用することになり、該併用は同じく第二引用例に記載されているので、……」と述べているが、これは、原告主張のように、第一引用例記載の光学的明色化剤とジメチロールアルキレン尿素系架橋剤の併用が第二引用例に記載されているとするものではなく、光学的明色化剤を樹脂加工剤として当業界で知られている架橋剤と併用することが第二引用例に記載されているとするものであることは一読して明らかである。原告の右主張は採用できない。
(二) 原告は、また、第一引用例には本件発明の一般式(I)で示されるポリスルホン化ビス―s―トリアジニルアミノスチルベン化合物の記載はあつても、それを、架橋剤と酸性触媒とを水に溶解してなる水溶液である酸性架橋溶液に含有せしめることについては示唆するところがなく、また第二引用例に記載されている蛍光増白剤は本件発明の光学的明色化剤の有効成分である一般式(I)で示されるポリスルホン化ビス―s―トリアジニルアミノスチルベン化合物とは別異のものであり、架橋剤も、本件発明で使用する架橋剤が記載されているわけではないから、第一、第二引用例記載の事実を併せ考察したところで本件発明が推測できるものではない旨主張する。
しかしながら、審決の趣旨とするところは、第一引用例には、本件発明の一般式(I)で示されるポリスルホン化ビス―s―トリアジニルスチルベン化合物が記載されており、また、右化合物がセルロース繊維の明色化に使用されることが記載されているとするだけで、右化合物を酸性架橋溶液に含有せしめることについて示唆するところがあるとするわけではないが、第二引用例には、本件発明の光学的明色化剤とはスルホン酸基が二個少ない点が異なるのみで、他に異なるところのない近似する化合物の記載があり、また、右化合物を本件発明で用いる酸性架橋溶液と同様な反応型樹脂加工剤と併用することが示されているので、結局、本件発明は右第一、第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたというにあることは、その文脈に照し明らかである。原告の主張は右審決の趣旨を正しく理解しないことに基づくものというべく、採用できない。
(三) 原告は、本件発明の明細書の特許請求の範囲における「酸性架橋溶液」は、特許庁審査官の、その意味が不明であるとする拒絶理由通知に対して、手続補正書により、本件特許公報第二欄第二六行ないし第三欄第一行に記載されているように、架橋剤と酸性触媒とからなるpH値二・五以下の強酸性水溶液であるとこれを限定したものであり、それによつて最初の拒絶理由は一応解消することとなつたのであるから、酸性架橋溶液が右のようなものであることは禁反言事項であるところ、第二引用例記載の処理液は強酸性でないことはもとより、一般に酸性ともいえないpHであることは明らかである旨主張する。
前掲甲第三号証(本件特許公報)、成立について争いのない甲第一二号証(昭和四六年一二月一〇日付拒絶理由通知書)及び同第一三号証(昭和四七年三月一〇日付手続補正書)によれば、特許庁審査官は、本件出願に対し、特許請求の範囲に記載の「酸性架橋溶液」とは具体的にいかなる溶液を意味するか不明であるとの拒絶理由を通知し、原告はこれに対して、発明の詳細な説明中に、「本明細書中、酸性架橋溶液とは次のものを表わす。酸性架橋溶液は水溶液であり、そして架橋剤と酸性触媒からなつている。架橋剤(合成樹脂前縮合物)は一般に五員または六員の環式N―メチロール化合物、好ましくはジメチロールエチレン尿素、ジメチロールヒドロキシエチレン尿素、ジメチロールプロピレン尿素あるいはジメチロールヒドロキシプロピレン尿素またはそれらのエーテルである。酸性触媒は一般に塩酸または塩酸とリン酸、マレイン酸あるいはシユウ酸との混合物からなつている。酸性触媒の含有量は、架橋溶液のpH値を二・五以下、好ましくは二・〇以下にする程度である。」との文言を追加したが、特許請求の範囲中の文言はこれを変更しなかつたものであることが認められる。
右事実によれば、本件発明の特許請求範囲中の「酸性架橋溶液」とは、架橋剤と酸性触媒とからなる水溶液であると解され、溶液のpH値についての記載は、架橋剤や酸性触媒の種類についての説明と同様、本件発明の酸性架橋溶液を限定するものとは認められない。
一方、第二引用例で用いられる触媒としての硝酸亜鉛も本件発明における触媒と同様酸性触媒である(成立について争いのない乙第三号証第二五頁第二行)ことが認められる。
それ故、原告の主張は理由がない。
(四) 原告は、被告は本件発明の特許請求の範囲に記載の「酸性架橋溶液」を架橋剤と酸性触媒と水とからなる溶液と解している旨主張するが、審決は第二引用例には「本件発明で用いるジメチロールアルキレン尿素系架橋剤が記載されていないけれども、ジメチロールアルキレン尿素系架橋剤がセルロース繊維の反応型樹脂加工剤として本願の優先権主張日以前に当業界で知られている事項である。」と説示し、本件発明の架橋剤がジメチロールアルキレン尿素系架橋剤に限定されるものであることを前提として、本件発明は特許を受けることができないとしているから、被告の主張は審決の右判断と矛盾する旨主張する。
しかし、審決が右のような文言を用いているからといつて、審決は、本件発明で用いる樹脂加工剤はジメチロールアルキレン尿素系架橋剤に限定されるとしているものとは解されない。審決の趣旨は、本件発明で用いる架橋剤は本件発明を新規なものたらしめる如き特別なものではなく、当業界で普通に知られているものであるとすることにあるものと解される。原告の主張は理由がない。
(五) 原告は、さらに、第二引用例には、そこに記載の化合物B又はCは樹脂加工剤と混じた場合には沈澱を生成し、酸性架橋溶液を形成し得ないこと、さらに該化合物を樹脂加工剤と併用した場合には増白力が著しく低下する旨の記載があり、右化合物は、酸性架橋溶液を形成し、架橋処理との併用に使用し得る明色化剤を提供するという本件発明の目的が達成されないというべきものであるから、この化合物に代えるに第一引用例のものをもつてし、結局本件発明は第一、第二引用例の記載から容易になし得たとする被告の主張には論理の飛躍がある旨主張をする。
しかしながら、第二引用例には、一般に、樹脂加工と蛍光増白とを同時に行なう場合、(第二引用例に記載の)A以外のジアミノスチルベンジスルホン酸のトリアジン誘導体を蛍光増白剤として使用すると、沈澱を生じるか、溶液が着色され、パデイング染色に不適当となり、かつ、増白力は著しく低下すること、B及びCの化合物は、それぞれ右のジアミノスチルベンジスルホン酸のトリアジン誘導体に属するが、溶解性が良好なほうなので、使用樹脂の種類に応じて選択して使用されていたこと、ただし、それは蛍光増白染料としては不満足なものであること、触媒として硝酸亜鉛系のものを使用すると、B、Cの化合物でも相容性が不良で、沈澱を生じてパデイング染色に不適となり、増白効果が低下することが記載されている(第一頁右欄第一四行ないし第二頁左欄第一一行)ことが認められ、右記載によれば、B、Cの化合物が沈澱を生じるのは、触媒として硝酸亜鉛系のものを使用する場合であり、その他の触媒を使用する場合は沈澱を生じないことが示されているというべきである。
ところで、成立について争いのない甲第二〇号証(比較試験成績書)によれば、本件アミノスチルベン化合物と第二引用例記載のB、Cの化合物とは、これらを酸性架橋溶液と併用して木綿を処理すると増白効果の点では、本件発明の光学的明色化剤の方がすぐれていることが認められる。しかし、右第二引用例記載のB、Cの化合物は、前認定のとおり、もともと蛍光増白染料としては不満足なものである(甲第六号証第一頁右欄第二一行ないし第二四行参照)のに対して、本件アミノスチルベン化合物は、第一引用例により、セルロース材料に対しすぐれた増白作用を示す(甲第五号証第三欄第三五行ないし第三八行、訳文第六頁第九行ないし第一一行、第四欄第二八行ないし第三〇行、訳文第九頁第六、七行、同欄第五三、五四行、訳文第一〇頁第九、一〇行)ことが当業界で知られていたから、本件発明のものと第二引用例記載のものとの増白効果の差は充分予想できるものであると認められる。
以上のとおりであつて、原告の主張はいずれも理由がなく、本件発明は第一、第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認めた審決の判断には誤りがない。
よつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却する。
〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。
本件発明の要旨
一般式(Ⅰ)
<省略>
(式中R1及びR2はそれぞれ水素、アルキル基、ヒドロキシアルキル基又はアルコキシアルキル基を表わし、この際基R1及びR2中の炭素原子数は多くとも4であり、R3は水素、1~6個の炭素原子を有するアルキル基又は原子番号35までのハロゲンを表わし、M+は水素、アルカリ金属、アルカリ土類金属、未置換又は置換アンモニウム、又はアルミニウム陽イオンを表わす。)にて示されるポリスルホン化ビス―s―トリアジニルアミノスチルベン化合物を有効成分として含有することを特徴とする酸性架橋溶液中でセルロース繊維を明色化する光学的明色化剤。
審決理由の要旨
本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
これに対して、本件出願の優先権主張日以前に外国において頒布されたものと認められる東ドイツ特許第五五六六八号明細書(以下「第一引用例」という。)には、本件発明の一般式(I)で示された光学的明色化剤に包含される光学的明色化剤が、一般式及び具体的な化合物として例三に記載され、また該化合物がセルロース繊維の明色化に使用されることが記載され、また、本件出願の優先権主張日以前に国内に頒布された特公昭四〇―八〇七七号公報(以下「第二引用例」という。)には、本件発明の光学的明色化剤とはスルホン酸基二個だけ少ない光学的明色化剤を反応型樹脂加工剤と混じて繊維織物を処理する方法が記載されている。そして、この反応型樹脂加工剤としては第二引用例には、トリアゾン型、グリオキザール型及びアセタール型の樹脂加工剤が記載され、本件発明で用いるジメチロールアルキレン尿素系架橋剤が記載されていないけれども、ジメチロールアルキレン尿素系架橋剤がセルロース繊維の反応型樹脂加工剤として本件出願の優先権主張日以前に当業界で知られている事項である。(かかる事項を裏付けるものとしては特許異議申立人が参考資料として提出したものもある。)
従つて、本件発明は、第一引用例の光学的明色化剤を樹脂加工剤として当業界で知られている架橋剤と併用することになり、該併用は同じく第二引用例に記載されているので、結局、本件発明は、第一引用例及び第二引用例記載の事実に基づいて当業者が容易に発明をなすことができたものと認められる。
それ故、本件発明は、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。